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みやもとたつやのコラム
イエルバ・ブエナ通信






 









 

みやもとたつやのコラム



Vol. 18  2010年新春号、生身の経営者が思うこと。その1.

Vol. 17  2009年秋号、リーダーの役割の考察(2)

 


【みやもとたつやの三省記 vol. 18】

2010年新春号、生身の経営者が思うこと。その1.


2010年という新たな年を迎えました。。。。

と思ったら、
いつの間にか1月が過ぎ、
節分も
スーパーボールも
バレンタインデーも
終わってしまい、

バンクーバーオリンピックが始まってしまいました。

年年歳歳、時間がアッと言う間に飛び去っていくような感覚の今日この頃。それはまるで、走り抜ける新幹線の車内から、ホームの広告の文字を読むようなめまぐるしさに似ているかもしれません。しかし、お蔭さまで、イエルバ・ブエナ設立から3回目の新年を迎えました。たくさんの方々と仕事や交流を通じてお付き合いをさせていただく幸運にも恵まれました。

メッセージ発信としての書きものとしては、この三省記に加えて、


『アスマナ塾のメルマガ(http://www.melma.com/backnumber_181901)』や
『Twitter』


といったメディアでも徒然につぶやいています。
(アスマナ塾のHP(http://www.asumana.jp)では、Twitterでのつぶやきをリアルタイムで見ることができるようにしました!)


さらに、先月1月13日には、アスマナ・ナイトと題して、アスマナ塾の記念すべき第一回イベントを開催し、50名を超す方々にお越しいただき、会場は大いに盛り上がりました。ご参加いただいた皆さん、ありがとうございました。

春になったら、セミナーも企画していますので、今回ご参加いただけなかった方も是非遊びにきてください。


**


スタートしたての2007年当時は、3年後なんて遥か将来のことのように感じていましたが、過ぎてみればアッという間。でも実は、その間に色々なことが起きていて、様々な経験をしています。
私が面白いと感じるのは、起業前に半年から1年かけてイメージしていたことが次々と現実のものになったり、なりつつあることです。個別具体的事象としては(サラリーマン時代には)、とても想像もできなかったような方と親しくさせていただくようになったり、話がトントン拍子に進んだり、驚くような場面に遭遇することも間々あって、とても刺激的で充実した毎日を送っています。

しかし、私はまだまだプランのホンの序の口に立っているに過ぎません。
だからこそ、毎日を大切に過ごすことが大事と改めて思う年の初めです。


とはいえ、目先の忙しさにかまけて、ついつい長い時間軸での発想をしない(できない)ことも多いものです。
そこで私は、自分のことだけでなく社員のキャリア・パスを考える時に、10年後の自分がタイムマシーンに乗って現代の自分に会いに来た場面を想像するようにしています。


ちょうど、ある金融機関のCMのようなイメージです。
そのCMでは、定年退職後の自分が現代の(30歳代の)自分を訪れる、という他愛のないものです。

そこで初老の自分は、


「借り換えの良い選択をしてくれてありがとう!」
「お蔭で安心した老後を過ごすことができているよ。」


とニコニコ笑顔で若い自分にお礼をするのです。


私たちが今日行っている業務は、今日明日のためであることは間違いないのですが、同時に10年後、20年後の自分のためでもあるのです。例えば、10年後の自分にお礼を言われるようなことを今自分が行っているかと自問してみると、多くの人はハッとするのではないでしょうか。


かく言う私も胆のうを患うまでは、ほとんどそう言ったことは考えませんでした。


今号と次号では、生身の人間が行う経営を主題に徒然なるままに展開することにします。


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【ワークライフバランス】


ワークライフバランスと言う言葉を最近若者が話しているのをよく聞く。
宮本さんのワークライフバランスは?と聞かれることもなぜか多い。

私の独断的定義であるけれど、ワークライフバランスと言う言葉は、政治や経営者、はたまた社員(被雇用者)自身が、社員の人たちのために考え、必要に応じて施策をうつべき事由であって、経営者が自分自身のライフスタイルを考える時のコンセプトではないと思う。

実際、私自身のワークライフバランスはない。と言うか、そういう考え方自体がない。
なぜなら、経営者(特にビジネスオーナー)にとって仕事と人生は同じもの。時に莫大な借入金に個人保証をつけて資金調達を行う。社員の人たちは絶対にこういうことはない。

担保を差し入れての借金のことで夜も眠れないほど心配するのはネガティブサイドの理由で、よほど事業が行き詰っていない限りあまりないことかもしれない。それでも、ほとんどの経営者は、自分が個人保証を付けて借金をしていることを忘れることはないだろう。それに、たとえ無借金経営で事業がウマく回っているとしても、やはり事業のことが頭から離れることはない。。。
と言うことは、経営者になったが最後、どちらに転んでも頭から離れる瞬間はないのだ。


仕事のことは忘れて。。。というセリフはよく聞くが、自分が経営者になって初めて判った。
起業してからの約3年、1日たりとてビジネスのことが頭から離れて「気分転換」したことはない。

起業して間もないせいかもしれないが、しかし、経営者が休みなく「考える」ことは仕事中毒であると断ずる以前に、心臓が全身に血液を送り続けるために休みなく動くのと同じくらい自然なことなんじゃないかと思っている。だから、気分転換に仕事のことをスッカリ忘れると言うことは、自らの人生から逃避することと等しいことなのかもしれない。


心臓だって、正月だからお休みを、と言うわけにはいくまい。


それでも、私は毎日が充実しているし、今までの人生のどんな時よりも楽しい。


**


◆私の父のこと◆


私的なことで恐縮だが、私の父は裸一貫で会社を立ち上げ、設立から30年ほど経ったある時にその会社を売却した。昔から、私たち子供には美田を残さずと言っていたが、まさにこれを実行した。私の事業の立ち上げの際にも一銭も援助してくれることはなかったし、また私もそれを望まなかった。

とはいうものの、父のビジネスは私たち兄弟を育てあげてくれたばかりでなく、祖母への相当な額の仕送りも可能にしていたことは事実だ。加えて、何らかの恩恵に与った親せきも私が知っているだけで一人や二人ではない。私は何不自由のない生活をさせてもらったばかりか、留学までさせてもらった。父にも母にも本当に感謝している。

しかし、父が偉大な経営者だったかと言うと、その点についてはちょっと疑問が残る。子供の私からどうひいき目に見ても、父は資本家のハシクレではあったかも知れないが、経営者には向いていなかった。本人に聞かれたら怒るかもしれないが、おそらくこれは当たっている。実際、会社や社員に対する愛情や思い入れは(今の私からすれば)あまりなかったように記憶している。
あったのは、世の中金だ!と言う強い信念だ。


**


父は、若いころ二科展や日展で賞を取るような油絵を描いた。写真を撮らせても玄人はだしで、プロの写真家から目をかけてもらえるような腕だったらしい。ただ、芸術の世界は師匠に丁稚奉公を20年やって当たり前の世界で、裕福な環境になかった当時としては、とても進むことのできる選択肢ではなかったという。石原裕次郎などが活躍していた日本映画が華やかかりし頃、父は映画会社の美術として就職した。

しかし、その仕事からは数年後に離れた。私にしてみれば当たり前のことだが、就職して仕事を覚えてそれなりに食えるようになるためには、5年や10年はかかるものだが、それがどうも我慢できなかったようだ。おそらく器用で芸術家肌だった父のこと、周囲の仕事ぶりのレベルが低く、いい加減に写ったようで、そんな環境で、しかも、薄給で下働きをさせられることがバカバカしくなったのだろう。一言で言えば、甘かったのだ。

当然ながら、人脈もなく、パトロンもいない無名の芸術家では、食っていくのは不可能に近い。アイディアマンだった父は、それではと、小さな商売を幾つか始めてみたようだが、どれも鳴かず飛ばずだったようだ。(今にして聞くと)なかなか面白いビジネスアイディアは複数あったようだが、いかんせん、実現力が圧倒的に足りなかった。

事業家として道を教えてくれる人も手を差し伸べてくれる人もいなかったので、なぜウマく行かないのかが判らなかった状態が10年近く続いたようだ。その後の10年ほど父は、徒手空拳、相当悩んだのだろう。騙された経験や裏切られた経験も一度や二度ではなかった。当時はきっと相当世間の荒波をかぶり、かなりの屈辱と苦渋を味わったのだと思う。

創業して7、8年経った、私が高校生のころのある日の深夜、酔って帰ってきた父が初めてそんなことを吐露したことを覚えている。家族や親族に対してでさえ、「えぇカッコしい」の父が若かりし頃の苦い思い出をポツリと話してくれたことは、相当驚いたのと同時にチョットは大人として認められたような気がしてホンの少し嬉しい気持ちになったものだ。


そんな苦々しい経験を若いころにした父から見た世間は、「金がなければ誰も相手にしてくれないもの」と映った。


紆余曲折がありつつ、30歳を超えた頃に社員3人ほどの小さな会社を創業し、一時は100人近い社員を抱える規模にまで発展した。ここまで聞くと、なんだかサクセスストーリーのようにも聞こえるが、しかし、本人としては、自らの職業に関して(本人が気づいているかどうかは判らないが)、深いところでは満足できる人生ではなかったのではないかと思う。もちろん、家族を養うことが世帯主の一義的な目的ではあるけれど、それが本望でも好きなものでもないとしたら、チョッピリ不幸なことなのではなかろうか。

私がそんなことを感じたのは、まだ父が現役真っ只中のころ、社員が増えてレイアウトを変えなくてはいけないとオフィスデザインを変更するとき、業界のイベントのポスターを作るとき、社員章を作るときの父の生き生きした姿を何度か目の当たりにした時だ。自ら考え、形にする作業を家に持ち込んで徹夜している場面を何度か見たことがあるが、その時の父の姿は、嬉々としていて、その作業に没頭し積極的に探究していた。実際、素晴らしい成果物ができていた。芸術的な現場から離れて30年経った当時でも、やっぱり彼は、そう言ったことが好きだったのだ。

それに比べると、肝心の経営に関する事柄になるとそれほどの情熱は(すくなくとも私は)感じることがなかった。経営を探求するどころか、ほとんどのことにおいて(権限委譲を超えて)あなた任せになっているように見えた場面を一度ならず見てしまったことが、私がそう思う最大の理由だ。



そんな父を子供のころから見ていて、善きにつけ悪しきにつけたくさんのことを学んだ。


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世の中は金がすべてではないこと
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私も経営者のハシクレなので、ナイーブなメンタリティーで言っているのではない。
NPO法人などを除き、金儲けのできない会社には価値がない。しかし、金だけを起点に物事を計ると、金の呪縛から永遠に解放されない。金は会社でも人生で極めて重要な一要因だが、すべてではない、そういうことだ。

一例を挙げよう。

ここに優秀な社員がいるとする。
彼が自分の会社にいる唯一最大の理由が、給与が他社に比べて高いことだとする。
この時に、もしあなたの競合他社があなたの会社よりも五割増しのオファーを出してきたら、あなたはどうするか?

対抗策は、さらに高いオファーをするしかなくなる。

互いにとって、果たしてそれで良いのだろうか。もちろん、状況や考え方によってはそれで良いのだろう。

しかし、二つだけ明確なことがある。


・金の切れ目が縁の切れ目になること。

そして、

・(将来財務体力がついてきたとしても)給与だけに魅力を感じて集まってくる応募者は、ウチでは採用しないと決めていること。

会社と言う場所は、業務を通じて個人が成長し、結果的にチームや会社を成長させることを通じて、「価値を提供する喜びを共有する場」とするのが私の現在の目標だ。もちろん、ここで言う「価値」とは、独りよがりのものでも、製造業で言うところのプロダクトアウトの発想でもなく、マーケットインの立場で見たときの価値を指す。


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優秀な社員にとって、会社を「生活の糧を得るための場」としてだけ
でなく、「生きがいを見出す場」とすることは可能だ
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父の会社を子供ながらに見ていたが、何度か迎えた事業成長の転換期には、その度にエース級の社員が何人かづつ辞めていった。

心配になって父に聞くと、「去る者は追わずだ!」と言い放っていた。確かに成長が加速されるフェーズなどの転換期になると、同じ会社とはいえ、ある種のパラダイムシフトが起こるため、業務能力の高低にかかわらず(変化に対応することができずに)退職する者がでることはどの会社にも起こりうることだと思う。

それでは、私は必死に引き留めるかと言うと、本人の意思が固ければそれを尊重するだろう。
結果だけを見れば父と違いはないかもしれない。


私は、3年後、5年後の事業成長に伴うパラダイムシフトの場面で起こる急激な変化に対応できないがために将来退職する社員を常に想定している。

タイムマシーンで現在に戻ってきたその社員が、現在の社員自身に、

「アリガトウ!今は辛いかもしれないけど、頑張ってくれてるお蔭でナントカやってるヨ!」

と言えるようになって欲しい、という思いでトレーニング機会を提供することを心がけている。

やっている当人からすれば、「トレーニング」などと言う生易しいものではないかも知れないし、必要十分なものではないかもしれない。もしかして、有難迷惑な話かもしれない。私自身も試行錯誤の毎日だ。

しかし、間違いなく言えることは、日々の業務だけでなく、日常業務を超えたところで鍛え上げられた若い時代の経験は、ある一定年齢以上になってから、(良い意味で)ボディーブローのように効いてくる。

さらに、社員のみんなには、各人の将来にかかる意思。。。自分がどうしたいのか、どうなることが自身の成功と考えるのかなどについて、本人に継続的に考え続けてもらっている。
父の会社を去って行った社員のようにならないように、また父のように職業人として不幸にならないために。
当然、彼らや周囲の人たちとの会話を通じて洞察し、当人にとって、またチームにとって最善のキャリアパスをデザインし、信じた道を歩んでもらうためのサポートをするのが私の責務と考えている。


そんな思いもあり、私は月に一度のミーティングで社員のみんなに話し続けていることがある。
そのうちの一つが、安岡正篤さんの「知名と立命」。


『人と生れた以上、本当に自分を究尽し、修練すれば(筆者中略)他人にない性質と能力を必ず持っている。
それをうまく開発すれば、誰でもそれを発揮することができる。 これを「運命学」「立命の学」という。これが、東洋哲学の一番の生粋である。』


誰にでも「私にしかできないこと」がある。それを磨き家族や会社のためだけでなく、延いては社会のためにその能力を発揮することこそが、ヒトとして生まれた意味なのだ。

これらは、まだ充分かつ効果的ではないかもしれないが、「その時」を一緒に乗り越えるにはどうすべきかと言う命題を互いに考え続けることが大切なことなのではないかと思う。


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優秀で当社のDNAを持った社員が一旦辞めたとしても、
意思ある者であれば、いつか戻ってこられる場にしたい
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私は、以前勤務した会社で非常にいい制度(慣習)を学んだ。
それは、「出戻りOK。ただし三回まで」と言うものだ。

懲戒免職や何か問題を起こして退職した者はもちろん対象外だが、通常はこれが適用される。実際に、3回入社し、3回転職した者も何人もいた。会社の雰囲気もその点に関しては何か鷹揚(おうよう)だった。

そのうち、当社にも外の風にあたってみたいと思う社員が出てくるかもしれない。また、外部のどこかのコンサルティングファームが当社の社員を引き抜きにかかるかもしれない。そのこと自体は、非常に喜ばしいことと私は思う。なぜなら、声をかけたのが仮に名だたるコンサルティングファームだとすれば、採用における極めて高い水準をクリアするような人材を、当社のメンバー、教育、プロジェクトが育てたと言うことになるからだ。そういった会社で、さらにレベルの高い経験を積むことは本人にとってどんなに勉強になることだろうか。

転職していくのであれば、そう言った厳しい基準を持った会社に行って欲しいと願う。

そして、数年経って、やっぱり戻ってきたいと言うのであれば、積極的に受け入れていきたいと思っている。


(次号に続く)

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【みやもとたつやの三省記 vol. 17】

2009年秋号、リーダーの役割の考察(2)


今年も東京タワーがピンクにライトアップされた。

いつもとは違う風情を見せるピンクの東京タワーも、ピンクリボン、乳がん撲滅キャンペーンのシンボルとして大分浸透してきたようだ。イベントに参加するのだろうか、たくさんのヒトたちが集まっていた。


イエルバ・ブエナでは、設立以来、毎月初に全員でミーティングをしているのだが、思いかえせば、記念すべき第一回目のミーティングは、2年前の10月1日。
ミーティングを終え、メンバー一同引き締まる気持ちを共有しつつ建物を出たときに、ピンクにライトアップされた東京タワーを見上げた。

そんなことを月例ミーティングを終えたときに社員の一人と一緒に思いだした。あれから、メンバーが2名増えたことを思えば、あっという間に過ぎた時間の中で、みんなそれぞれに頑張ってくれていることが有難いと改めて思った。


**


この2年間で、私たちの周囲にもさまざまな変化があった。


アメリカの金融危機、いわゆるリーマンショックにより、多くの伝統ある大手企業が消えた。そして何より、世界同時不況と呼ばれる景気後退が私たちを襲った。(と言うとなんだか世の中の人々全員が不景気にあえいでいるような気がするが、別の視点で考えれば、ごく限られた一部の人だけに世界のマネーが集中し、未曽有の収益を上げているということにもなる。本論から逸れるので、ここではこれ以上言及しないが。)

こう言った社会背景も影響してか、アメリカの大統領選挙(民主党代表選)では、歴史上初めて「女性」対「有色人種」の戦いになり、オバマ大統領が誕生した。


日本に目を転じれば、第45回衆議院選挙を経て、民主党が政権を奪取し日本のリーダーも変わった。


詳しいことはわからないが、鳩山首相は人事を含めて(今までのところ)外堀を埋めつつウマく舵取りをしているように見える。メディアでは、現政権の各種不安材料を取り沙汰されているけれども、少なくとも表面的には無難な船出をしたように私には思える。

しかし、一方で必死に現政権のスキャンダルを掻き集めているヒトたちが、献金問題を含めたニュースを世に送り出してくるのだろう。その度に国民の心は忙しくなり、侘しくなり、一刻を争う各種問題は棚上げされ、そして国民生活だけがドンドン逼迫してゆくのが先例だ。

そう考えると、そろそろ政局の争いでなく、この国が向かうべき道筋を定める政策にもさらに力を入れて存分に与野党の意見を戦わせ、そしてなにより確実に実行してほしいと願う。(違法行為があってもそれを容認せよ、という意図はない。念のため。)国民も「足の引っ張り合い劇場」はボチボチ食傷気味なのではないだろうか。


さて、政局と言えば、4年前の衆院選挙で取り沙汰された小泉チルドレン。。。郵政民営化法案に賛成し、2005年9月11日に実施された総選挙で初当選した自民党の新人議員83人のうち、今回の選挙で当選したのは、たった10名。「落選率」はナント約90%だ。今回初当選した通称「小沢ガールズ」なる議員たちは、次回の選挙では果たしてどうなるのだろうか。


選挙民は、どのように評価しその人に投票するのかの分析は専門家に任せるが、このような時代であるからこそ、上滑りした公約や派手なパフォーマンスよりも愚直かつ着実にプランを実行し続ける力のある政治家が求められていると強く感じる今日この頃。与野党を問わず、今回当選した議員が大いに活躍し、国民にとって必要かつ国益となる結果を出すことを願う。

どの世界でも淘汰があることは自然であり、むしろ歓迎すべきであろうが、それにしても

「落選率90%」イコール「議員の業績にかかる国民の評価が不合格」

だとすると、これは「ダメ出し」され過ぎであろう。
落選した議員のすべての活動が無意味だったとは全く思わないし、なんだか神輿に乗せられて出馬した議員が(おそらく)多いだろうことを思えば、同情の余地もあるのかもしれないが、しかしこれは税金のムダ使いに繋がるし、何より余りに情けないではないか。


**


◆当たり前のことを愚直に実行するということ◆


カルロス・ゴーンさんが、日産の社長に就任した当時、また、リバイバルプランを成功させた時、私の周囲にいた多くの日本人ビジネスパーソンの反応は案外冷やかだった。つまり、

「当たり前のことを実行しただけで、特段優れた「技」を駆使した訳でない」

と言うのだ。塙会長(当時)のお話も伺ったこともあるが、実は、私もそう思っていた。


しかし、「事を為す」とはそういったものなのだ、と今になればしみじみ思う。


当たり前の会話、
当たり前の戦略、施策、
当たり前の業務、
当たり前の人間関係、
当たり前の感謝の気持ち
当たり前の部下の教育
当たり前のコミュニケーション


を愚直にブレずに遂行し続ける実行力、継続力。


こういったことは、一見誰がやっても同じ結果をもたらしそうだ。
しかし、現実にはそうはならない場合が多い。


なぜ、前年までの監督ではBクラスだったプロ野球チームが、翌年に新しい監督を迎えた途端、優勝すると言ったことが起こりうるのか。

主力選手の獲得が要因だろうか?
いや、元メジャーリーガーや他チームからスカウトした主砲獲得は、前任者の時代にとっくに完了している。
有能な選手は揃っていても勝てないチームは勝てない。


**


確かにリーダーであれば、ドリームチームを結成したいと一度や二度想像したことがあるのではないだろうか。人材ポートフォリオを構築するのも当然なリーダーの仕事なので、リーダー自身の話に入る前に、メンバー構成について少し触れよう。


よく、ゴルフを教わるときに、「クラブに仕事をさせなさい」と聞く。
これはどういうことか。


ゴルフクラブには、どれにも「ロフト」というものがある。地面に対して角度が付いていて、遠くに飛ばすクラブの場合には、ロフト角は地面に対して垂直に近く(実際には、ドライバーの場合で9度〜11度程度)、飛距離が必要のないクラブの場合、ロフト角は大きい(サンドウェッジは、多くの場合58度前後)。このロフトを活かし、クラブヘッドの重さを活かすことで、より遠くに飛んだり、より高くグリーンにとまりやすい正確なショットを生み出すのだ。単純にいえば、人間が余計なことをせず振り子の原理で、先端のクラブヘッドをボールにぶつけることでロフト通りにボールが打ち出されていくのだ。


さて、初心者で腕っ節に自信のある人がクラブを振るとどうなるか。
多くの場合、「クラブに仕事をさせない」のだ。

先に述べた通り、ナイスショットの秘訣は、


・クラブヘッドを正確にボールにぶつけること
・遠心力を使いクラブのロフトなりに飛ばすこと


なのだが、腕にもの凄い力が入ると人間の体の構造上、腕とクラブシャフトの2本の棒(実際には、腕2本と1本のシャフトだが)のようになり、従って本来あるべきクラブシャフトのしなりが少なく、結果ヘッドスピードは上がらず、ヘッドの軌道は不安定(スイートスポットにボールが当たらない)になる。


想像してほしい。


腕に満身の力を込め、腕とカナヅチを一体化させた状態で釘を打つ場合。
一方、腕をしなやかに適度な握力でカナヅチを握り、腕の振幅に対し、カナヅチの頭の部分の動きを大きくすると、より少ない力で正確に釘の頭を打ち付けることができよう。

これと同じ原理だ。


**


ゴルフでも腕力がある方がより遠くに飛ばせることに異論はないが、しかし、力を緩めるところ、力を込めるところなど、適宜適切にパワーをコントロールし、ウマく使うことができなければ、むしろ非力な巧者の方がずっと良い。

チームプレーの場合でも、これと同じことではなかろうか。

先の野球チームでいえば、4番打者を各球団から掻き集めて8人並べても、必ずしも優勝できるとは限らない。エースストライカーばかり10人集めても、強いサッカーチームは出来ない。

ドライバーショットで本当に力を入れるのは、インパクトの瞬間だけ、ほんの一瞬だ。そう考えれば、長距離打者は1人か2人で構わない。ストライカーも、11人のうち1,2名。

正確に早いヘッドスピードを実現するためには、腕の力ではなくそれを支える強靭な「体幹」が必要だ。腹筋や背筋、体側筋、大腿筋、インナーマッスルなどだ。一見、地味な存在かもしれないこれらの筋肉が、実は極めて重要な役割を担っている。チーム競技も、だから、足の速いランナーや長距離ヒッターを活かすための状況設定をする送りバントのウマい2番打者や、絶妙なキラーパスを出す司令塔のプレーを活かしゲームを作るための鉄壁の守りをするゴールキーパーが必要なのだ。


**


さて、前述の強いチームの要件を踏まえた(全員が4番打者でもエースストライカーでもないバランスのとれた)チームを構成できたとしよう。これが、本当の意味でのドリームチームだ。


しかし


果たしてそれで優勝への道まっしぐらかと言えば、必ずしもそうではない。

同じ選手たちがプレーするチームであっても、指揮官によってパフォーマンスが大きく違ってくるわけだ。

指揮官は、メンバーが尊敬するような輝かしい実績や業務知識を持っていると、部下がついてくる場合が多い。もしかしたら、第一番目の上司の条件かもしれない。しかし、面白いもので、どんなに輝かしい実績を持っていても、しかも業務知識が豊富なリーダーでも、尊敬されない場合がある。尊敬されないどころか、ヒトによっては敬遠されることすらある。


それはナゼだろうか。


その原因は、人間の「感情」だ。


**


◆ヒトの心を理解しようとすること◆


リーダーとして、ヒトの心を理解することあるいはしようと努力することは、極めて重要なことだ。
一般的な例でいえば、職人として自分の技を究めることと、第三者を結束させ目的に向かって力を発揮させることは、その職能は大きく異なる。だからこそ、


「名選手、必ずしも名監督ならず」


などと言われるゆえんだろう。ビジネスパーソンであれば、この程度のことは耳にタコ、かもしれない。
しかし、情報として知っていることと、実際に自分がリーダーシップを発揮できるかとは大きく異なる。

個人としての業績も良いし、頭も良いし、人柄も悪くない。しかし、どうしてもリーダーシップがない、と言う人を見たことはないだろうか。


**


リーダーシップを心理学の側面から測定しようとする研究がある。これをポジティブ心理学と言う。

心理測定サービス健康心理学研究所の島井さんと神戸大学大学院国際文化研究科の宇津木さん(2008)によれば、ポジティブ心理学は、1998年にアメリカ心理学会の会長で、ペンシルバニア大学のマーチン・E.P.セリグマン教授が提案したものだ。

社会心理学において、リーダーシップ研究は古典的ともいえるテーマだが、意外にも今世紀に入るまでやや停滞してた模様だ。しかし、21世紀に入り、研究数が急増しているのだそうだ。特に過去5年ほどから急激に伸びている傾向にある。では、リーダーシップのどのような部分に研究がなされているのだろうか。過去10年の研究の中(注)で使用されているキーワードを拾い集めてみると、以下の順番になる。


リーダーシップスタイル(1291件)
組織(1237件)
リーダーの質(694件)
個人マネジメント(533件)
組織行動(507件)
変革型リーダーシップ(480件)

注:過去30年のアメリカ心理学会のデータベースPsycInfo参照


長らく心理学の世界では、人間の心理の本質やその原理を解明することが本当の研究とみなされており、それを応用する研究は亜流の研究と考えられてきたようだ。

こう言った傾向が、近年変化してきているという。つまり、自然科学志向だったのが、社会科学。。。経済学や経営学に近づいてきているのだ。心理学者のダニエル・カーネマンがノーベル経済学賞を受賞したことでも、その片鱗を窺い知ることができる。


ポジティブ心理学の神髄は、不安、うつ、ストレス、攻撃性、劣等感などの「人間の心の動きの弱点」に焦点を当てるのではなく、
「心の働きの強み」に焦点を当てるのである。島井さん(2008)は、以下の6つの強みを充実させる事が重要と主張する。


「知恵」
「勇気」
「人間性」
「正義」
「節度」
「超越性」


以下、6つの説明について島井&宇津木(2008)を引用する。


●知恵と知識●

・独創性: 私は、私の友人から新しい独特のアイディアを持っているといわれる
・好奇心: 私は、いつも世の中に好奇心を持っている
・クリティカル思考: 必要に応じて、私は非常に合理的に考えることができる
・向学心: 私は、何か新しいことを学ぶ時にわくわくする
・大局観: 私は、いつも物事をよく見て、幅広く情勢について理解している


●勇気●

・勇敢: 私は、強い抵抗にあう立場をとることができる
・勤勉: 私は、いつも自分が始めたことはきちんと終わらせる
・誠実性: 私は、いつも約束を守る
・熱意:
 
私は、人生を横から傍観者としてみているのではなく、
それに全身で参加している


●人間性●

・愛情: 私は、他の人からの愛を受け入れることができる
・親切: 私は、この1カ月以内に、隣人を自発的に助けたことがある
・社会的知能: 私は、どのような状況であっても、それに合わせていくことができる


●正義●

・市民性: 私は、グループの一員として全力を出して働く
・公平性: 私は、その人がどうであったかに関係なく、誰にでも平等に対応する
・リーダーシップ:
 
グループ内では、私は、誰もが仲間であると感じることができるように
気を配っている


●節度●

・寛大: 私は、いつも過去のことは過去のことと考えている
・謙虚: 私は、自分の実績を自慢したことがない
・慎重さ: 「石橋をたたいて渡る」という言葉は、私の好きな標語のひとつだ
・自己制御: 私は、自分の感情をコントロールできる


●超越性●

・審美心: 私は、誰かの素晴らしさに触れると涙が出そうになることがある
・感謝: 私は、いつも私の世話をしてくれる人たちにお礼を言っている
・希望: 私は、いつも物事の良い面を見ている
・ユーモア: 私は、笑わせることで誰かを明るくする機会があると嬉しい
・精神性: 私の人生には、はっきりした目標がある




昨今の成果主義や雇用の不安定さなどは、働く人間を疲弊させる可能性があると考えられるが、ポジティブ心理学の視点から、Turner, Barling & Zacharatos(2002)は、このような状況で仕事をするという経験を再設計。。。つまり仕事をする人がより熱心に仕事に取り組むようになる要因は、


「自律性」
「仕事への挑戦」
「社会的交流の機会」


が与えられることであり、これらを通じて自分自身が選択して自分の能力を発揮していると感じる。こういったことが重要なのだそうだ。


**


これに加えて非常に興味深いのは、一見東洋的な概念とも思える、


「人徳」


について、先述のセリグマン教授とクリストファー・ピーターソン教授(ミシガン大学)が「Values in Action (VIA)」と言うプロジェクトにおいて重要視していることだ。
また、ここでリーダーシップは、強みあるいは、


「品性」


の一つと位置付けらている。
リーダーシップが品性と捉えられるとは驚きだが、しかし言われてみれば、なるほどそういうものかという感もあるのは確かだ。


『人間と言う存在に共通の強みあるいは人徳 (virtues) を網羅し、それらを総合的に理解するために、国際的に研究を進めていこうという壮大な試みである(Park, Peterson & Seligman, 2006)』


出典: 島井哲志・宇津木成介「ポジティブ心理学におけるリーダーシップ」経営行動科学、第21巻、第1号、平成20年4月


**


◆夢を持ち仲間と共有すること◆


よくビジョンと言う。
これは言いかえれば、夢でも良いのかも知れない。かも知れないと言ったのは、夢という言葉には若干微妙なニュアンスが含まれるからだ。


「夢を持つ」


これは肯定的な表現だ。


「夢みたいなことを考えるな」
「夢見心地なのではないか」


と言った途端にとても否定的なニュアンスを醸し出す。
それは、おそらく

「その夢の実現性の高さ、低さ」

を受け取り手が判断しているためなのだろう。


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ソフトバンクの孫正義社長は、創業時代、毎朝の朝礼時にミカン箱の上に立って、


「豆腐屋のような商売を目指す!(1兆2兆、と言った規模になりたいと言う暗喩)」


と言ったそうだ(実は、私も2年前に社員のみんなに同じことを言った。そう、孫さんのパクリだ)。

当時の社員はそれをどのような気持ちで聞いたのだろう。
「よし!オレも頑張ろう!」と思った者もいただろうが、自分たちを取り巻く環境。。。立ち上げたばかりの会社だから、立派なオフィスではなかっただろうし、売上だって原価ギリギリだったかもしれない。。。そういった現実とのギャップから、


「現実離れしたことを言っている」とか
「また、社長は夢みたいなことを言っている」


と少々白けて聞いていた者もいたかも知れない。

しかし、徐々に業績を上げて行くにしたがって、孫社長の「夢見心地な話」は、周囲の者に少しづつ現実感を与えて言ったのではなかろうか。

「夢みたいな」から、まさに「夢」へと変化した瞬間に、"Road To〜"が見えてくるのだと思う。
経営者視点でいえば、創造的瞬間を迎え実行性が見えた時がこれにあたるのかも知れない。

そんなことを考えるにつけ、企業活動における実行力の大切さを改めて痛感する。


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◆項羽と劉邦◆


秦の始皇帝の死後、各地で反乱が相次ぎ、国は乱れに乱れた。
そんな時代に、天下を二分した戦いを繰り広げたのが、「項羽と劉邦」だ。彼らは、リーダーについての議論のときによく引用されるので、ここでも少し触れる。


項羽は、生まれついてのエリート。
楚の将軍(項燕)の孫であり、項氏は代々楚の将軍を務めた家柄であった。幼いころから、その聡明さを物語る逸話が複数ある。


一方、劉邦は田舎の農家の末っ子として生まれた。成長するといわゆるチンピラとなり、家業を厭い、酒色を好んだ生活していた。


二人が歴史の流れの中で最初に出会う(二人は気づいていない)のは、項羽が叔父項梁とともに楚を復興し秦を滅ぼす戦いの際、秦の軍勢の中には劉邦がいた。この時を皮切りに、劉邦は項羽に対し連戦連敗となる。


しかし、劉邦は、最後の戦でついに天下を取り前漢の初代皇帝になったのだ。


劉邦のリーダーシップスタイルを物語る逸話に、家臣である韓信との問答が挙げられよう。
韓信は、張良、蕭何(しょうか)と共に劉邦配下の三傑の1人であった。


ある時、劉邦と韓信は様々な将の有能、無能について採点をしていた。
劉邦はフト、『このわしはどうだろう?』と韓信に問うた。すると、韓信は、


『陛下はせいぜい10万人程度の将でしょう。それ以上の兵力を御すのはとてもムリです。』


と言った。
劉邦は続けて『では、お前はどうなのだ?』と聞いたところ、韓信は、平然とこう答えた。


『兵力が多ければ多いほど(私の能力は発揮され)良いです。』


劉邦はもっともだと思いつつも、将として自分をはるかに上回る能力を持つ韓信が、自分の家臣でいることを不思議に思いその点を問いただすと韓信はこう言った。


『陛下は、兵に将たる能力はおありではありません。しかし、将の将になる能力がおありになるのです。しかも、陛下のその能力は天から授けられたものなのです。』


出典: 司馬遼太郎『項羽と劉邦 下』pp208-209, 新潮文庫(1991)



一方、楚の王、項羽は劉邦との戦いに百戦百勝だったが、最後の戦で劉邦に敗れた。その際に以下のようなことを家臣に呟いた。


『兵をあげてから8年、わしは70余りもの戦闘に加わり、攻めて良し守ってよしで、いまだ敗北したことがない。だから天下の覇権も握ったのだ。そんなわしが、これほど苦しむのは、天がわしを滅ぼそうとしているからだ。決して戦い方がマズかったわけではない(それに劉邦が強かったわけでもない、と言いたかったのだろう 筆者)』


項羽は勇猛果敢で言わばエリートのような存在だった訳で、弱虫でだらしなく元々どうしようもないゴロツキだった劉邦に負けたとは認めたくなかったに違いない。


張良、簫何、韓信を重用し漢建国の祖となった劉邦は、自分の家臣の働きと項羽との戦いを振り返ってこうコメントしている。


『帷幄(いあく)のなかに謀(はかりごと)をめぐらし、千里の外に勝利を決するという点では、わしは張良にかなわない。
内政の充実、民生の安定、軍糧の調達、補給路の確保ということでは、わしは簫何にはかなわない。
百万もの大軍を自在に指揮して、勝利を収めるという点では、わしは韓信にはかなわない。

この三人はいずれも傑物と言っていい。わしは、その傑物を使いこなすことができた。
これこそわしが天下を取った理由だ。

項羽には、范増(はんぞう)という傑物がいたが、彼はこのひとりすら使いこなせなかった。
これが、わしの餌食になった理由だ。』


自ら剣を取り、勇猛果敢に戦に打って出る項羽。その目は、末端の家臣にまで心を配り、時に家族の様子を案じ、親が病に伏せっていると聞けばボーナスを与えたり、励ましの言葉を直接かけたりしている。現代のリーダーシップに関する書籍を紐解けば、何ともお手本のような話ではないか。


しかし、一方でそのことを聞いた劉邦は、項羽のその言動が理解できない。


『項羽には、信頼できる家臣がいないに違いない。もし、そのような家臣がいるのであれば雑事はすべて任せ、将が末端の兵士にまで心を忙しくする筈がない。』


このことは、私には日本とアメリカの経営者のスタイルの違い(以下、まったくもってステレオタイプで独断と偏見に満ちた私見であることをお断りしておく)を想起させる。

項羽は、まるで欧米大手企業の経営者のように見える。家柄もよく頭脳明晰だ。欧米企業のトップの収入は一般社員とは300倍も違うことがあるし、トップダウンでドンドン自分のカラーを打ち出していく。なにしろ自分自身が会社の強みなのだ。場合によっては前任者との差別化を図るために、敢えて方向転換をする新任の経営者もいるくらいだ。


劉邦は、日本企業の経営者に似ているかもしれない。新入社員との収入格差もせいぜい20,30倍(下手するともっと少ない)だ。最も顕著な経営の基本スタイルは、「他人を通して事を為す。」だからこそ、ボトムアップで舵を切ることが多いのだ。


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項羽と劉邦のように、歴史がある程度の評価を出している場合には比較的判断しやすい。みなさんの中には、「劉邦は是」、「項羽は非」との印象を持った方もいらっしゃるかもしれない。しかし、実際には事はそう単純ではない。何しろ、日本の経営はリーダーの顔がなかなか見えづらく、意思決定に時間がかかり、曖昧な点が批判の的になりやすい一方、欧米企業のリーダーは、とにかく意思決定が速く明確であり、(外部からみた場合に)合理的と思われるような場合が比較的多く、従ってステークホルダーは理解しやすいと言った点を指摘されることも多くあるのだ。



最後に再び時間を戻し、項羽と劉邦の性格の違いが良く出ている逸話をご紹介する。

ある時に劉邦は夫役で咸陽に行った際に、始皇帝の行列を見た。そしてこう言った。

『ああ、男たる者はあのようにならなくてはいかんな。』


いみじくも同様に始皇帝の行列を見た時、項羽はこう言った。

『あいつに取って代わってやる。』




リーダーシップを考えるに、なかなか一筋縄ではいかない命題が種々存在するし、そのスタイルも人によって大きく違うこともあろう。また時代背景や組織形態によっても異なることだろう。しかし、実行力を持ち、人徳・品性を備えたリーダーが、ひとたび人の感情を掌握し、社内外の有力者の支援を得、向かうべき方向にチームを牽引していくときにその組織のエネルギーは大きくなり、そして大事を為すことは、おそらく間違いないことだろう。





次号は、



年内に
 

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